20年が過ぎました

20年前の今日、香港は中国に返還されました。

当時の宗主国であるイギリスと中国による返還交渉は、市民である香港人不在であり、この返還を歓迎する香港人はかなり少数だったと思っています。

全てがすぐさま中国式に変わるのではなく、一国二制度は五十年不変であるとされ、基本法は返還後五十年を過ぎても失効するとの記載がないため、基本法は2047年以降も有効であると袁国強司法長官は言っています。

しかし、中国はじわじわと香港に干渉し、2012年には中国共産党を賞賛する愛国教育の導入を発表。

これに対して抗議デモが起こり、結局は導入は各学校の判断に委ねるとするところまで譲歩させることに成功しました。

この一連の抗議デモで脚光を浴びたのが黄之鋒ジョシュアウォン。

2014年8月、全人代は行政長官選挙で民主派の立候補を制限する方針を決定し、香港大学法学部の戴耀廷ベニータイは中環香港の金融の中心地を占拠して抗議デモをすると発表。

これに同調した黄之鋒率いる学民思潮が政府庁舎前で抗議デモを実施すると、警官隊は催涙弾を使用その時の記事はこちら。

その後、中環だけでなく、旺角などでも座り込みのデモが行われるも、幾度となく警察隊の介入や強制排除にあい、学民思潮のメンバーは次と逮捕されました。

黄之鋒は無期限のハンストを宣言するもドクターストップがかかり、香港政府は12月15日にデモの終結を宣言しました。

一連のデモは雨傘革命と呼ばれており、主要メンバーは香港?志Hongkongdemosistという民主派政党を立ち上げています。

このデモの中心になったのが、返還前を知らない若い世代というのが私には印象的でした。

そして、二十周年である今日に先立ち、金紫荊廣場に集まっていた香港?志のメンバーである蔡俊賢、周庭、林朗?、羅冠聰、謝禮楠、?之鋒、?莉莉を公的不法妨害であるとし、逮捕。

6月30日に全員が釈放されましたが、習近平の到着に際に何かあっては困ると勘ぐったのでしょうか。

今日は花火が上がりますが、繁体字を使用する香港へのあてつけなのか、簡体字による表記の中国HKと花火があるとのこと。

誰のための式典なのかは一目瞭然です。

ここまで来るとため息しか出ません。

私の親しい友人は誰ひとりとして返還について話をしません。

20周年を祝賀する気持ちもないでしょうし、この日は記念でも何でもないからかもしれません。

あの日から二十年経ち、どんどん香港が嫌な方向に変わっていくように思ってしまい、とても悲しい気持ちです。

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